令和5年3月12日 家庭礼拝シリーズ(5)「家の土台」

家庭礼拝:「家の土台」

 

聖書:

マタイによる福音書 7章:24~29

「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。 雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである。 わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。 雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家に襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった。」 イエスがこれらの言葉を語り終えられると、群衆はその教えに非常に驚いた。 彼らの律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。」

 

音声でお聞きになる方は以下をクリックしてください。

勇:

「お父さん、トルコとシリアの大地震でね、5万2000人以上の人が亡くなったということをテレビで見たよ。」

父:

「そう、串本町はトルコと親しい町だから町役場でも義援金のキャンペーンをしているね。私達も募金箱に入れさせていただいたけど、世界中の国の団体が協力して支援しているね。私達も食前のお祈りの中で祈ろうね。」

全員:

「は〜い!」 

母:

「今日はイエスさまが山で多くの人々が集まった時のメッセージをした中で、(山上の垂訓として有名です。)最後にお話をなさったたとえ話を礼拝でしたいと思います。」

 

前奏:「いっしょにうたおう」

ビデオ:「岩の上にたてた家」

音声でお聞きになる方は以下をクリックしてください。

 

父:

「さて、このたとえ話のテーマはなんだったかな?」

陽子:

「今回はわかりやすかったよね。『岩の上に家を建てなさい。』でしょ?だって岩は頑丈だもんね。」

父:

「そうだね。陽子が岩の上に立てる家は頑丈といったことはとても参考になると思うよ。地震や津波などで怪我をする人々の中で家が崩れたり、家具で怪我をする人というのは約30%にもなるらしいから、家を建てるときは色々と土台(基礎工事)について調べる必要があるようだね。」

勇:

「岩というのはたとえで、イエスさまの御ことばのことだよね。それをしっかりと信じましょうということだと思うけどね。」

父:

「なるほどね。とっても大事なことだよね。それから家というのは何をたとえているのかな?愛美はどう思う?」

愛美:

「家は、私たちの人生や信仰じゃないかなと思います。でも、イエスさまのお話を聞いて信じてもそれを実行しなければ、砂の上に建てた家と同じになるということだったと思うの。」

母:

「3人のポイントがそれぞれに良い意見でまとまっていきますね。このたとえ話にも多くの群衆、イエスさまのお弟子さんたち、そして律法学者やパリサイ人たちがいたようですね。」

父:

「そうだね、最後の29節では、群衆たちがイエスさまのお話にとても驚いた様子だったね。」

愛美:

「ええ。律法学者のようにではなくというのは、『〜してはいけない』という規則ではなく、誰にでも分かりやすい事ということでしょう?でも、いくらわかったとしても、そのとおりにできるというのはとっても難しい事だと思うのね。どうすればいいのかしら?」

母:

「本当にそうですね。クリスチャンでも、イエスさまの御言葉を素直に受け止めることができることと、それを実行できるというのはまた別だという大きな課題がありますね。」

父:

「今までイエスさまのお話になった事で、できそうにもないことをリストアップしてみようか?」

1)赦すことと仲直りすることができません。

2)好きな人でも自分以上に 大事にすることができません。

3)いつでも正直になることができません。

4) 怠けてしまいます。

5) 人を羨んでしまいます。

6) いつも臆病になってしまいます。

 

母:

「わ!けっこうありますね。こうしてリストアップするといかに自分が情けない人間かと反省させられます。」

父:

「ハハハ。お母さんは牧師さんだから余計にプレッシャーがあって気の毒だな〜。」

陽子:

「お母さん、素敵なお仕事なのに可哀想。」

母:

「陽子ちゃん、有難う。そう言ってくれてとっても嬉しいわ。正直なところね、牧師ということで自分を縛らないで、もっとありのままでいたいんだけど…。」

勇:

「大丈夫だよ、お母さん。僕たちがいるから。」

愛美:

「お母さん、おせっかいがこうじて大変なこともあるけど、みんなから好かれていると思うからあんまり心配しないほうがいいと思うわ。」

父:

「みんなお母さんの味方になってくれて頼もしいね。お父さんも患者さんやご家族にはできるだけ親切にと思っているけど、忍耐がなくてたまには怒ってしまうこともあるんだよね。ただ、お母さんもお父さんもそれぞれのお仕事のおかげで、なんとか感情をコントロールしながら、優しい気持ちに向かわせていただけるという面もあるのかもしれないね。」

母:

「そうですね。それでは、このリストをどのように克服できるかということを考えてみましょうか。イエスさまは律法学者のように、できそうにもないことばかりを要求しているとは思えないですものね。」

愛美:

「じゃ、これもリストにしてみてはどうかしら?」

父:

「いいアイデアだね。」

1)少しでも悪かったと思ったら、すぐに「ごめんなさい。」と言えるように習慣づけよう。
2)イエスさまはどんなお方なのか毎日考えること。モデルを知るということかな?
3)人には言えなくても、イエスさまにだけは正直になろう。
4)人を羨むのではなく、刺激を受けて自分の向上心を高めよう。
5)良いと思うことはまずやってみよう。失敗を恐れず、また鵜呑みじゃなく実験してみる。
6)我慢じゃなくて、どうすればいいのかをみんなで考えてみよう。
7)毎日笑える家族になろう。→楽しい家族には神様の祝福あり!

 

母:

「最後にひとつだけ、誤解しないようにしてほしいことがあります。イエスさまがこうしなさいと言われたことは私達の人生にとても大事なのですけど、それができるということが『天国に行く条件』ではないということです。言い換えると、『救い』というのは私達が努力を重ねて初めていただけるというのではなく、無条件にイエスさまがくださった贈り物ということです。これを履き違えると私達も律法学者と同じ間違いをすることになってしまうからですね。

それでは、この願いをイエスさまに信頼して委ねて、励んでいきましょう。お母さんがお祈りをします。」

母の祈り:

「善なる天のお父様、あなたの御名をたたえます。私達は小さな集まりですが、いつもお守り下さることを感謝致します。私達は良いところ、そして弱いところがありますが、どうぞ成長をさせてくださって、イエスさまに喜ばれる家族として進んでいけますようにお導きください。戦争をしているウクライナとロシアの人々に平和が一日もはやく訪れますように、またトルコとシリアの地震のために苦しんでいる人々を支えてください。一日も早く復興できますようにお願い致します。主の御名によってお祈り致します。アーメン」

 

後奏:「勝利者」

 

 

(参考)

1981年より前の古い耐震基準で建てられた建物が、今も多くあり、トルコのような揺れが起きると大きな被害が出るおそれがあります。国土交通省の調べでは、2018年時点でその数は住宅だけで700万戸に上ります。また多くの人が利用する商業施設やビルなどの中にも、大地震による倒壊のリスクのある建物は残っています。新耐震基準の家屋なら、震度6〜7程度の地震でも、倒壊・崩壊しないので、ひとまず安心してよいかもしれませんが、油断は出来ません。また、火災保険だけかけていては地震の時に火災しても支払われませんので、地震保険も同時にかけておくことが大事だと思います。

我が家の防災:自助、家具対策編の記事を御覧ください。更に改善点などコメントお待ちします。

防災コーナーをご覧ください=リンクは以下です。

 

 

 

おすすめの記事