令和4年7月29日 礼拝メッセージ:証集:海外での主のめぐみ―ブラジル(5):「主のご臨在」

聖書:

ヨハネ福音書4章27節
「わたしは平安をあなたがたに残して行く。わたしの平安をあなたがたに与える。わたしが与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。あなたがたは心を騒がせるな、またおじけるな。 」

前奏:

                

マリンガという地域で裁判官をなさっていた46歳のB型肝炎から肝臓癌になった末期の患者さんが、サンパウロにある病院に入院されているので見舞って欲しいと牧師先生から連絡をいただきました。夫と二人で病室にお訪ねしたときは輸血をされているところでした。痛みが度々出ておられて相当苦しい表情でした。彼らはお二人共日系の3世ですが、奥様はとても日本語が流暢な方で、高校生の息子さんと中学生のお嬢さんはマリンガでご主人様のお母様とご一緒にいるとのことでした。奥様や子供たちはクリスチャンで教会生活をなさっていましたが、ご本人はご夫人の信仰の理解者ではあっても、まだクリスチャンとして人々の前に公開できるまでには至っていないということを奥様から聞いていました。

 

ご本人は若い時から経済的にご苦労をされてこられましたが、とても優秀で若くして裁判官として活躍されていたそうです。ご本人が強く望まれ、また担当医師からも退院許可が出たらしく、数日後にはサンパウロの仮り住まいの家に帰るということでした。輸血までしている情況ではとても無理ではないかと私達は思いましたが、私達にはそれに対して異論をはさむ権利はありませんでした。が、それでも老婆心から奥様にだけは、「覚悟をして帰宅されるように。」とお話をしておいたのでした。

 

家に帰られた翌日の朝方に非常な激痛を訴えられて再入院をされたことを電話で知らされました。私達は彼の今の情況では命の危険が今夜にでも差し迫っていることを強く感じました。夫と相談をして、ご本人と奥様の許可が得られれば,私が病院に泊まり込むつもりででかけたのです。それは夕方の5時ごろでした。奥様に病室の外で私の気持ちをお伝えしますと夫と相談をしますからと言われ私はしばらく外で待っていました。30分ほどして奥様が「恵先生、先生がいてくれれば私は安心なのですが、彼はどうしてもその気になれないと言っています。でも私も彼の介護で一睡もできていない日が続いていてとても疲れています。もう少し説得したいので待っていただけませんか?」と言われたので祈って廊下で待っていました。するとようやく承諾されたということで病室に入れていただきました。私が挨拶をしても彼は目を合わすことはなく、なんとなく気まずい雰囲気がしばらく流れました。しかも日本語を彼の口から聞いたこともないので、私のようなたどたどしいブラジル語でどの様にコミュニケーションをとればいいのかも不安でした。奥様が、「あなた、恵先生は神様から送られたエンジェルだと思ってくださいね。私は今から少し眠ります。とても疲れているの。恵先生になんでもして欲しいことを遠慮しないでお願いしてね。」とブラジル語で優しい声で話しておられました。彼は黙ったままそれでもわかったという目でご夫人を見ておられました。奥様は隣のベットに横たわるとすぐに眠りに落ちていきました。

 

膀胱に管を入れるのが嫌なので尿瓶で奥様に取っていただいていたそうです。私がそのお手伝いをまずしなければなりませんでしたが、そのことがどうしてもお嫌だということだったので、どうしたらいいものかと困っていました。一つのアイデアが浮かびました。彼が用を足している時に水道の水を強く流すことで音をたてておけば気にしなくても大丈夫ということを提案すると彼は承知をしてくださったのです。そして、それが成功すると彼は少し私に対して親しみを感じたように思えました。

続いて、彼が「先生、机の上に水があります。それを私の唇に付けてください。」と初めて日本語で言われたのです。その水にはオリーブ油が混じっていました。綿に浸して唇に塗りました。私をだんだんと受け入れてくださっているのが伝わってきて、とても嬉しくてやっと安堵できたのです。しばらくすると彼も眠りはじめてお二人の心地よい寝息を聞きながら、それはまるで音楽でも聴いているような美しいハーモニーのようでした。「神様、どうかこの方をお守りください。この眠りのままどうか何事も起こりませんようにお願い致します。」

 

1時間ぐらいたったでしょうか、突然彼の容態が急変したのです。「ウ~」と嗚咽をしたあとで、口から血が噴水のように吹き出したのです。白い壁が瞬くまに真っ赤になりました。そして同時に激痛が始まったのです。肝臓がんには往々にして食道静脈瘤が合併します。おそらくそこが破けての大出血です。奥様も飛び起きてきました。「医師に連絡してください!」と叫んで、私は彼を支えて背中を擦りながら励まし続けました。医師がなかなか来ず、彼は苦しみ悶ながら唸っていました。この出血はとても容易には止まりそうにありません。「神様、どうか助けてください!早く医師たちを!」と心のなかで祈りました。

そして私は彼に向かって大きな声で、「Y さん! 大丈夫ですよ!!この血は流れて良いのです。その代わり神様からの新しい血をいただきましょう!血を飲み込まないで吐いてください!」と叫びました。そのうち、どやどやと医師たちが入ってきて私達二人は外に出るように言われました。内視鏡で出血を止める治療が行われているのですがそのためか、もっと苦しそうな叫び声が聞こえてきます。点滴の中には鎮痛剤や鎮静剤を入れているはずですが効果の時間がまだこないのか苦しみの唸り声はずっと続いていたのです。

 

奥様は、お二人のお子さんたちを呼び寄せていたらしく、もう少しすると二人はサンパウロにつくとのことでした。1時間もたったでしょうか、ようやく止血ができ、彼のうめきは聞こえなくなりました。それから私達は病室に入ることを許されました。

 

お子さんたちが到着して彼らはお父様と面会をしました。高校生の長男がお父様に向かって「お父さん、大丈夫だよ。家族は僕が守るから安心してね。僕はお父さんと同じ様に弁護士か裁判官になるよ。お父さん、天国はすばらしいところだからね、心配しないでいいよ。」と高校生とは思えないほどしっかりと繰り返し話しかけていました。彼は目をつぶったまま聞いていたと思います。妹が「パパ」と言って手を握りしめた時彼は目を閉じたままでしたが、「シモーネ、お父さんは大丈夫だよ。しばらくすると元気になるからね。今はお話ができないんだ、ごめんね。後でまた会おうね。」と声は小さくともはっきりと言われていました。意識は明瞭にあったのです。

 

奥様はお知り合いの牧師先生に電話をしていました。私は夫とリベルダージの牧師先生に電話をしてY氏の臨終が近いことをお伝えし祈っていただくように話をしました。

 

奥様は私に「恵先生、彼に洗礼を受けてもらいたいのです。彼に話そうと思います。どうか祈っていてください。」といいました。しかし、彼は、一向に首を立てには振りませんでした。

 

私の想像なのですが、Y氏としてはご自分がゆくゆくはクリスチャンになりたいと思っていたと思うのです。でも、「今は洗礼を受けたくない!」という思いが強くあったのではないかと想像しました。洗礼を受けるとすぐに死んでしまうという恐怖があったのかもしれないと感じたからです。私はその時、「奥様、洗礼を強要する必要はないのではありませんか?」と言うことは言えませんでした。なぜなら彼女は「洗礼がなくては天国には入れない」と思っておられることがわかっていたからです。夫婦のことは彼らに任すより仕方がないと思い私はひたすら神様のお導きを祈っていました。すると、とうとう奥様に促されて洗礼を受ける決心がついたとのことでした。それは翌日の早朝5時頃でした。

 

私は夫に電話をして、「子供たちは寝かせておいても大丈夫ですよ。洗礼式にだけは立ち会って欲しいのですぐに来てください。」と頼みました。やがて、牧師先生お二人が洗礼の準備をして来られ、まもなく夫も病院に到着しました。家族や私達の見守る中で簡略されてはいましたが厳かに洗礼式は執り行われました。そしてみんなで手をつなぎ、牧師先生が静かに祈っている間に彼は息を引き取りました。

 

マリンガでのお葬式が翌日に執り行われるとのことで、私達家族も飛行機で向かいました。彼のお母様のところに伺ったら「自分と代わってあげたかった!」ととても悲しんでおられました。お葬式はお仕事柄大々的に執り行われ数百人以上が集まりました。そこで、奥様がみなさんの前で気丈に、また確信をもってお証をされて、集ったみなさんがとても感動されました。

 

その後、やがて息子さんは成人されて弁護士になられたと聞いています。

 

ブラジルにおいて、3人の癌の末期の方々の終末期のお話をさせていただきました。国の医療事情も、時代も今とは相当に違いますので参考になったかどうかはわかりませんが、今日の私の緩和医療医としての原点はこの方々と出会わせていただいた貴重な体験にあります。

 

後奏:

 

                 

<お知らせ>
次回の8月のメッセージは、ルーマニアにおける現地レポートに代えさせていただきます。

祈りの課題がたくさん出ると思いますので皆様よろしく祈りのご支援をお願い致します。

8月1日に成田空港から出発し、カタール航空でドーハを経由して、翌日8月2日にルーマニアに到着する予定です。帰国は9月2日成田に到着しますが、夕方なので羽田空港内のホテルに1泊し第一便で帰省する予定です。

日本国内もコロナ感染が猛威を奮っています。地球温暖化が進み、大雨、土砂災害があちらこちらでおこっています。暑さのために熱中症で病院に多くの人々が運ばれています。

どうかみなさん、お気をつけてこの8月、健康にお過ごしになってください。

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